浮世絵 御伽草子

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御伽草子(渋川版)

 現代人が御伽話と聞けば、子供向けの説話集、教訓話、童話、昔話の類を連想する。御伽話の「伽」は「人」が「加」わると書く。戦国時代から江戸時代にかけて、将軍や大名の側近に「御伽衆」と称される人が仕え、孤独やたいくつを慰める役目を負っていたという。また南北朝時代から江戸時代初期にかけてわかりやすい散文体の物語が多く作られたが、それらは一般に御伽草子という名で親しまれてきた(ただし、これらすべてを御伽草子として一括りすることには異論もあるようだ)。
 このページに掲載した御伽草子は絵巻物を除いて、寛文年間(1661〜1672)頃に大阪心斎橋・渋川清右衛門から出版されたもの。絵入、横本で全23編。物語の成立時期は「猫の草子(文中に寛永7年の話と記載がある)」を除いて室町時代以前と思われる。
 現代人から見るとすべてが子供向けのテーマとは疑問に感じるが、14,15歳で元服して大人の仲間入りする時代であるなら、その頃の読物として相応しい内容なのかもしれない。江戸時代には絵巻、奈良絵本、版本と様々な形態で400編以上の御伽草子が刊行された。


 文正草子    江戸時代、御伽話として最も有名な物語の一つ。常陸国、鹿島の大宮司に仕える文正は、故あって大宮司の元を離れて塩を作り、それを売って長者になる。鹿島大明神に祈って授かった評判の二人娘の姉は関白の若君に嫁ぎ、妹は帝の中宮となり、文正も大納言に出世する。

 鉢かづき   河内の国、交野の長者の娘が継母の妬みを受け、頭に鉢をかぶって家を出る。あてもなくさ迷い歩いたが、ある国司の家に住みつき、その御曹司に見初められて幸せをつかんだという物語。 

 小町草紙   小野小町が年老いて流浪の旅をつづけ、ついに玉造の小野で亡くなるが、そこで在原業平の回向を受けるという趣向。古今集、伊勢物語などの和歌を取り入れた歌物語。 

 御曹子島渡   御曹子は義経のこと。平氏を討伐する魔力を得るため北方の島を巡り、様々な困難に出会うが、美しい姫の助けを得て鬼の大王から秘密の法を写し取るという物語。義経記の「義経鬼一法眼が所へ御出の事」と比例。 

 唐糸草子   頼朝は京にいる木曽義仲を討つこと命じる。これを「唐糸」という名で義仲の家臣の女房が聞き京の義仲に知らせる。これが発覚して頼朝は唐糸を石牢に閉じ込める。信濃にいた唐糸の娘・万寿が母を助けるため鎌倉に向かい、ある時頼朝の前で舞を踊る。これに頼朝が喜び唐糸を放免して親子を信濃へ送る

 木幡狐   山城国木幡の里、稲荷明神の使者である狐の子で「さしゆ御前」という姫がいた。この姫が三条大納言の息子・中将殿に恋をし、人間の姿に化けて契りを結び男の子を生む。しかし幸せもつかの間、犬の出現で「さしゆ御前」は人間の屋敷に留まることができず、中将殿の屋敷を去る。  

 七草草紙   七草粥の風習の謂れの物語。中国の孝行息子が帝釈天の教えに従って、七草を両親に食べさせ、若返らせたという物語。 

 猿源氏草紙   伊勢の国阿漕が浦の「猿源氏」と名乗る鰯売りが上京し、五条橋で「蛍火」という遊女を見初める。猿源氏は大名の宇都宮殿に成り済まして契りを結ぼうとするが、蛍火は怪しんで猿源氏を問い質す。猿源氏は和歌を引用して蛍尾の質問に答え、その効あって目的を果たす。「猿」源氏は光源氏への皮肉か? 

 ものくさ太郎   信濃国にものくさ太郎と呼ばれる怠け者がいた。故あって都に奉公に出たが、うって変わってよく働く。妻をめとり、歌の才能も開花し、また妻の助けも得て帝の目にとまり、先祖が元々公家であったということもあって信濃の中将に出世する。 

 さざれ石   第13代天皇・成務天皇の皇女「さざれ石の宮」は薬師如来の熱心な信者で、その甲斐あって不老不死の薬を授かり八百歳まで生きた。薬師如来の功徳を説く。ただし、成務天皇の時代の日本に薬師信仰があったか疑問。 

 蛤の草紙   天竺(インド)に「しじら」という名の非常に貧しい40男がいた。毎日母のために漁に出て魚を取っていたが、ある日大きな蛤を釣り上げた。蛤から美しい女性が現れ「しじら」の妻となる。妻は機織りで素晴らしい布を織り、これで財を成す。妻となった女性は観音様の化身。親孝行の功徳を説いた物語。

 小敦盛   小敦盛は敦盛の子供の意味。一の谷の合戦で敦盛は討たれるが、その子は法然上人に拾われ稚児として育てられる。稚児は後に賀茂の大明神のお告げによって父の亡霊と巡り合う。稚児の母は仏門に入り往生を遂げる。源平時代の悲話の一つ。 

 二十四孝   中国の24編の孝子説話を集めた物語集。二十四孝の話は今日まで様々な形で取り上げられている。 

 梵天国   五條の右大臣高藤には子がなかったが、清水観音に願掛けして子を授かる。子は後に中納言となり梵天国の姫を娶るが羅刹国の王に奪われる。苦難の末に姫を取り返し、中納言は久世戸の文殊となり、姫は成相の観音として現れる。清水観音の霊験、久世戸、成相の本地を説く。 

 のせ猿草子   丹波国のせ山の「こけ丸」という猿が、兎で壱岐守の一人娘「玉世の姫」を見初め、狐の「ゐなか殿」の仲立ちで結ばれる。子孫繁栄、めでたしの物語。 

 猫の草子   慶長7年(1602)8月、時の天皇は洛中の猫の綱を解き放す様に命じる。猫は喜び飛び回るが、鼠は恐れて逃げ惑う。ある時、都に住む高僧の枕元(夢の中で)に鼠が来て窮状を訴える。次いで猫も来て猫の立場を説明する。 

 浜出草紙   源頼朝が右大臣に任ぜられ、梶原景季は左衛門司に任じられる。それを祝って鎌倉弓ヶ浜の船上で祝宴が行われた。その様子を記した物語。幸若舞の台本を御伽草子に作り替えたものという。 

 和泉式部   和泉式部が14歳の時に橘保昌という宮中の男と契り男の子を生むが、五条の橋に捨てる。子は拾われて比叡山に上り、やがて道命阿闍梨と呼ばれる。道命は18歳の時に宮中で和泉式部を見初め、母と子とは互いに知らず契りを結ぶ。真実を知り和泉式部は出家する。 

 一寸法師   摂津の国、難波の里に40歳になる夫婦がいた。子がなく住吉明神に祈ると子を産む。しかしその子は大きくならず一寸法師と名付けた。一寸法師は都に出て宰相の娘を助け、鬼を退治する。打出の小槌によって背丈が伸び、堀河の少将となって栄える。 

 さいき   豊前国、うだの佐伯と名乗る男は所領の争いを訴えるため京に上り、清水に参詣した折に見初めた女と契りを結ぶ。佐伯には国に女房がいる。訴えが認められ所領が戻り、佐伯は国に帰る。やがて国の女房は佐伯が京の女と契りを結んだことを知り、女を呼び寄せ、ともに出家する。 

 浦島太郎   浦島太郎は釣り上げたカメを逃がしたところ、亀が美しい女の姿になって小舟に乗って現れる。浦島は誘われるまま小舟に乗り竜宮城へ行く。そこで3年を過ごして帰ったが、実際は700年の月日が経っていた。竜宮で貰った小箱を開けると浦島は鶴となり、後に亀とともに丹後国の浦島明神として崇められた 

 横笛草紙   小松内大臣(平)重盛の家臣、滝口時頼は小松殿の使いで建礼門院へ行く。そこで「横笛」という女に出会い契りを結ぶ。しかし父の反対で横笛との縁を切り、出家して往生院にこもる。横笛は往生院を訪ねるも会えず、身を投げる。滝口はこれを知り高野山に入り修行に励む。平家物語の「横笛」に似た話あり。 

 酒呑童子   源頼光ほか六人の勇士が大江山の鬼神、酒呑童子を退治する物語。酒呑童子の「童子」は、一般には年齢に関係なく、髪を結ばない禿頭のままで神社の雑役などに従事する人を言う。 


 絵巻 大江山酒呑童子   酒呑童子の絵巻物。書かれたのは江戸中期と思われるます。 

 絵巻 十二類絵巻   十二支に属する動物と狸を大将とする鳥獣とが合戦をする室町時代前期に成立した物語。 寛文1年(1661)住吉如慶が描く。

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