浮世絵 名所絵(街道絵) 
 
    

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浮世絵東海道五十三次43 四日市(よっかいち)

石薬師  ←2里27丁 四日市 3里8丁 → 桑名

東海道分間之図  編:遠近道印 絵:菱川師宣 出版年:元禄3年(1690)

四日市宿
 四日市は四の付く日に「市」が開かれていたことから付いた名前。戦国末期(元亀年間1750~)頃からは九の付く日にも開かれて月に6日開かれていたようだ。また四日市は湊町でもあり、尾張の宮から「十里の渡」があり桑名を通らず四日市までの渡船もあった。天保14年(1843)の記録では本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠屋98軒あった。
 四日市宿と石薬師宿の間に伊勢神宮への別れ道・日永追分があり多くの参拝客で賑わっていた。道中膝栗毛の弥次さん喜多さんは四日市宿に泊まり日永追分で東海道から別れて参宮道を行く。伊勢参宮名所図会に描かれた日永追分の挿絵には安永3年(1774)に立てられた伊勢神宮の二の鳥居があり、茶店では名物の饅頭を食べる旅人で賑わっている。また北斎の描いた駅路の鈴・四日市の絵には「まんじゅう」の看板が描かれている。弥次さん喜多さんは追分の茶店に入って饅頭を食べるが、見知らぬ金毘羅参りの旅支度の旅人と饅頭の喰い争いをして、相手の詐欺に引っ掛かり大損。狂歌二首を残して伊勢路を急ぐ。
 「神風や いせとみやこへ ふたつ筋に 霞ひくなり 追分の道」
 「盗人に 追分なれや まんぢうの あんのほかなる 初尾(初穂)とられて」
 

東海道五十三次之内 四日市・三重川 
絵:歌川広重  出版年:天保4年(1833)~ 版本:保永堂 

駅路の鈴(東海道五十三次)・四日市 
絵:北斎  出版年: 

道中画譜・四日市  道中画譜・桑名 
絵:前北斎為一(葛飾北斎)  出版年:天保1年(1830) 版元:東壁堂 

東海道五十三次・四日市 
絵:歌川広重  出版年:天保13年(1841) 

五十三駅景色入美人画・四日市 
絵:歌川国貞  出版年:天保年間 

東海道五十三対・四日市 
絵:三代豊国  出版年:天保年間 

東海道風景図会・四日市   
絵:歌川広重  出版年:嘉永4年(1851)  

 役者見立東海道五十三次駅・四日市  五十路の駅・四日市
  絵:三代豊国 出版年:嘉永5年(1852)   絵:三代歌川豊国 出版年:嘉永5年(1852) 

双筆五十三次・四日市 
絵:三代歌川豊国 歌川広重  出版年:安政1年(1854)

五十三次図会・四日市 
絵:歌川広重  出版年:嘉永年間(1848~1854)

五十三次名所図会・四日市 
絵:歌川広重  出版年:安政2年(1855)

 東海道名所風景 四日市  末広五十三次 四日市
絵: 出版年:文久3年(1863)  絵:二代国貞 出版年:慶応1年(1865) 

 伊勢参宮名所図会 四日市宿 諏訪大明神
出版年:寛政9年(1797) 

 伊勢参宮名所図会 四日市宿 日永追分
出版年:寛政9年(1797) 

 東海道五十三駅之図・四日市 追分
絵:長谷川雪旦 文政年間(1818~1829) 

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