浮世絵 名所絵(街道絵) 
 
    

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浮世絵東海道五十三次33 二川(ふたがわ)

吉田  ←1里20丁 二川  1里17丁→ 白須賀

東海道分間之図  編:遠近道印 絵:菱川師宣 出版年:元禄3年(1690)

二川宿
 白須賀宿から1里17丁、二川宿に至る。もともとこの地域には大岩と梅沢の二つの宿場が存在していた。これを統合して二川宿となったが規模的には大きくない。天保14年(1843)の記録では本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋38軒であった。西隣には吉田藩の城下町があり、そこには規模の大きな吉田宿がある。もとより二川宿での宿泊客はあまり期待できない立地にある。本陣の経営も厳しく、二度ほど本陣の当主が変わっている。それでも宿場や本陣が消滅したことはない。東海道という当時の交通の大動脈を維持するために、それぞれが大変な努力をしていたのだろう。
 二川宿の名物は「強飯(こわめし・こわいい)」。膝栗毛の弥次さん喜多さんも二川の宿に着いた途端に両側の茶店から呼び込みの声を掛けられる。強飯を食べたかどうかは定かではないが(記述がないので)、例によって狂歌を残している。「名物を いわねどしるき こわめしや これ重箱の ふた川の宿(しゅく)」
 二川宿を出て吉田宿方面に向かうと天平2年(730)に行基によって開山されたとされる岩屋観音堂がある。その山上には明和2年(1765)に建立された聖観音立像が街道を往来する旅人を見守っている。
 

東海道五十三次之内 二川・猿ケ馬場 
絵:歌川広重  出版年:天保4年(1833)~ 版本:保永堂 

北斎東海道・二川  
絵:画狂人北斎(葛飾北斎)  出版年:享和年間(1801~1803) 

駅路の鈴(東海道五十三次)・二川 
絵:北斎  出版年: 

道中画譜・二川  道中画譜・白須賀 
絵:前北斎為一(葛飾北斎)  出版年:天保1年(1830) 版元:東壁堂 

東海道五十三次・二川 
絵:歌川広重  出版年:天保13年(1841) 版元:鶴屋喜右衛門

五十三駅景色入美人画・二川 
絵:歌川国貞  出版年:天保年間 版元:佐野屋喜兵衛

東海道五十三対・二川 
絵:歌川国貞  出版年:天保年間 版元:佐野屋喜兵衛

東海道風景図会・二川   
絵:歌川広重  出版年:嘉永4年(1851) 版元:錦昇堂 

 役者見立東海道五十三次駅・二川  五十路の駅・二川
  絵:三代豊国 出版年:嘉永5年(1852)   絵:三代歌川豊国 出版年:嘉永5年(1852) 

双筆五十三次・二川 
絵:三代歌川豊国 歌川広重  出版年:安政1年(1854)

五十三次図会・二川 
絵:歌川広重  出版年:嘉永年間(1848~1854)

五十三次名所図会・二川 
絵:歌川広重  出版年:安政2年(1855)

 東海道名所風景 二川  末広五十三次 二川
絵:芳年 出版年:文久3年(1863)  絵:貞秀 出版年:慶応1年(1865) 

 東海道名所図会 二川 岩屋観音
出版年:寛政9年(1797) 

 東海道五十三駅之図・二川
絵:長谷川雪旦 文政年間(1818~1829) 

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