浮世絵 街道絵(浮世絵東海道五十三次) 
 
    

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浮世絵東海道五十三次06 藤沢(ふじさわ)

平塚  ←3里18丁 藤沢  1里30丁→ 戸塚

東海道分間之図  編:遠近道印 絵:菱川師宣 出版年:元禄3年(1690)

藤沢宿
 戸塚宿を出て大坂の急坂を下り約2里の道程で藤沢宿へ。藤沢宿はもともとは正中2年(1325)創建とされる時宗の総本山清淨光寺(遊行寺)の門前町。江戸時代になり東海道の宿場として整備されると大山詣での大山道、江之島弁財天詣での江之島道の分岐する場所でもあり一層の賑いを得た。天保14年(1843)の記録では本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋45軒。宿数では両隣の宿場に劣るが人口では約4千人で、戸塚宿の約3千人、平塚宿の約2千人に優っている。これは藤沢宿での商業活動が活発であったからと推測。
 広重の保永堂版東海道五十三次藤沢宿には遠景に遊行寺、手前に境川に架かる遊行寺橋、江之島弁財天の一の鳥居が描かれている。鳥居を抜けると江之島への道を進む。
 江戸時代の藤沢宿の名物料理に「ひしこなます」を紹介する書籍をたまにみる。「ひしこ」はカタクチイワシのことだそうだが、現在はカタクチイワシの稚魚を獲って「しらす丼」などとして食べている。江戸時代は「なます」にして食べていたのだろうか。それとも基本的に同じような料理なのだろうか。余計なことだが気になる。

東海道五十三次之内 藤沢・遊行寺 
絵:歌川広重  出版年:天保4年(1833)~ 版本:保永堂 

北斎東海道・藤沢  
絵:画狂人北斎(葛飾北斎)  出版年:享和年間(1801~1803) 

駅路の鈴(東海道五十三次)・藤沢 
絵:北斎  出版年: 

道中画譜・藤沢   
絵:前北斎為一(葛飾北斎)  出版年:天保1年(1830) 版元:東壁堂 

東海道五十三次・藤沢 
絵:歌川広重  出版年:天保13年(1841)

五十三駅景色入美人画・藤沢 
絵:歌川国貞  出版年:天保年間 版元:佐野屋喜兵衛

東海道五十三対・藤沢 
絵:歌川国芳  出版年:天保年間 

東海道五十三次細見図会・藤沢 
絵:歌川広重  出版年:天保14年(1843)~弘化4年(1847) 

東海道風景図会・藤沢   
絵:歌川広重  出版年:嘉永4年(1851) 版元:錦昇堂 

 役者見立東海道五十三次駅・藤沢  五十路の駅・藤沢
  絵:三代豊国 出版年:嘉永5年(1852)   絵:三代歌川豊国 出版年:嘉永5年(1852) 

双筆五十三次・藤沢 
絵:三代歌川豊国 歌川広重  出版年:安政1年(1854)

五十三次図会・藤沢 
絵:歌川広重  出版年:嘉永年間(1848~1854)

五十三次名所図会・藤沢
絵:歌川広重  出版年:安政2年(1855)

 東海道名所風景 藤沢  末広五十三次 藤沢
絵: 出版年:文久3年(1863)  絵:芳幾 出版年:慶応1年81865) 

 東海道名所図絵 清淨光寺(しょうじょうこうじ) 通称・遊行寺(ゆぎょうじ)
出版年:寛政9年(1797) 

 東海道五十三駅之図・藤沢
絵:長谷川雪旦 文政年間(1818~1829) 

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