東海道を舞台にした物語・小説はどれほどあるのだろうか。古くは伊勢物語の東下りの章。京から鎌倉までの十六夜日記。上総の国から京へ上る更級日記。もっとも有名でポピュラーなのは江戸後期に書かれた十返舎一九の道中膝栗毛。これらの作品に比べればここに掲載した東海道名所記は知名度は低い。作者の浅井了意その人の名も、文学好きでなければ知っている人は少ないのではないだろうか。しかし東海道名所記以前の伊勢物語、十六夜日記、更級日記は和歌主体の”詩人”によって書かれた読み物である。道中の風俗、景色を道中記として捉えたのはこの書が初めてとされる。十返舎一九の膝栗毛もこの書の影響が少なからずあったのではと推測されている。
物語は京より船で下って江戸見物をした”楽阿弥陀仏”という名の僧が、帰りは街道を通ることにし、江戸の芝口で出会った旅の男と一緒に道中するというもの。挿絵の絵師は不詳。また絵の数は少々少ないが、当時の旅の様子を知る上では参考になる。これ以降、浮世絵の題材として東海道の風景、風俗、旅の様子は多くの絵師によって描かれるが、そのさきがけともいえる。
版元、刊記の記載はないが、万治年間(1658〜1661)に出版されたと推測されている。 |